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2012年4月 8日 (日)

新倉羽音「日を知る」

Cimg5817 先の4月1日の「群青」第23号批評会(記事あり)のおり、AUさんより借りた2冊のうち、新倉羽音(にいくら・はね)さんの第3詩集、「日を知る」を読みおえる。

 2011年11月、土曜美術社出版販売・刊。

 日本現代詩人会、日本詩人クラブ、会員。

 詩誌「騒」同人。東京都・在住。

 自立した婦人として、また混血児の生まれとして、様ざまな障りがあったようだ。

 「変貌する藪椿の群れ」の結末にあるような、窮まって自然と同化しようとする傾向がある。

 「今はもうない乳母車を押して」に描かれる老耄(ご自身の事ではない)の様が、僕の心をうつ。

 初め5行を引用する。


丸太の柵に腰をかけ

今はもうない

乳母車の把手をしっかり握ったまま

公園に入ってくる人の流れと向き合っている

(私の息子はどこへまぎれてしまったのだろう)

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