kindle本「橘曙覧全歌集」より、第3集「春明艸」を、タブレットで読みおえる。
同・第2集「襁褓艸」は、先の8月21日の記事(←リンクしてある)で紹介した。
橘曙覧の歌は、清貧の生活を平易に詠んだ印象があるかも知れないが、画賛なのか題詠や、知友へ贈る作品も多い。
なおこの集は、有名な連作「独楽吟」を含む。
以下に5首を引く。
君としも知らで足おと門(かど)にせし駒迎へにもはしらざりけり
うつくしき蝶ほしがりて花園の花に少女の汗こぼすかな
朝夕のまじはり深くしげりゆく竹ならはばや重ぬらむ世も
たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能(よ)くかけし時
たのしみは庭に植ゑたる春秋(はるあき)の花のさかりにあへる時々
本を離れて、昨日(8月28日、第4日曜日)に開かれた、町内地区・夏祭を紹介する。
左の写真は、ヤキトリを焼く若い衆。のちにフランクフルト・ソーセジとヤキソバも焼く。
右の写真は、かき氷。僕もこの夏1杯きりの抹茶味を食べた(胃痛を患っていたため)。
左の写真は、ボール掬い。
右の写真は、ボール入れ。バケツにボールを放り、入ればバケツ内の景品が貰える。後方は、観客の宴席の1部。
夏休みも終わり近く、子供たちには、良い思い出作りになったっだろう。
講談社「日本の天然記念物 2 動物Ⅱ・天然保護区域」を見おえる。
(照明の関係で、写真が拙いものになって済みません)。
同・「1」は、先の8月19日の記事(←リンクしてある)に、アップした。
基本的に写真集であるが、解説やエッセイも入る。
「動物Ⅱ」では、爬虫類(ウミガメ、トカゲ、等)、両生類(オオサンショウウオ、モリアオガエル、等)、魚類(ウグイ、イトヨ、アラレガコ、等)、他、原索動物・甲殻類、昆虫類、剣尾類・軟体動物が取り上げられている。
「天然保護区域」では、北海道、沖縄県、高山など、豊富な生息の残る区域が指定されている。
1984年・2刷。169ページ。A4判よりやや大。
結社歌誌「コスモス」2016年9月号より、「COSMOS集」を読みおえる。
同・「その一集」特選欄・読了は、先の8月24日の記事(←リンクしてある)にアップした。
「COSMOS集」は、「その二集」と「あすなろ集」の、特選欄である。
「栴檀は双葉より芳し」というか、いきなり特選6首デビュー(普通の特選は、5首選)という会員もいた。しかしこの2つの集は、努力で抜けられると読んでいる。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。I・史織さんの「クローバー」5首より。
足元に群れ咲きてゐるクローバー目があふごとく四葉を見つく
同じ「COSMOS集」のO・慧美子さんの「蕗のつくだ煮」5首には、「「よいことがあります」とレジの店員は千百十一円のつり銭くれぬ」があり、好調は運もあるのだろうか?
花神社「茨木のり子全詩集」(2013年・2刷)より、第3詩集「鎮魂歌」を読みおえる。
第2詩集「見えない配達夫」は、先の8月18日の記事(←リンクしてある)にアップした。
「鎮魂歌」は、1965年、思潮社・刊。14編。
「花の名」は、彼女風の父への挽歌である。こののちも幾つかの(多くの?)挽歌を書いた。
「私のカメラ」「大男のための子守歌」は、夫への相聞だろう。夫が大男だったかは、別として。
「鯛」は、最終行に「愛もまたゆうに奴隷への罠たりうる」と戒めている。
長編「りゅうりぇんれんの物語」は、強制連行を扱うが、後半に美文美談調になったようで惜しい。
先の8月15日の記事(←リンクしてある)で、届いた事を報せた歌誌2冊のうち、総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2016年9月号を、ほぼ読みおえた。
巻頭20首4氏は、年齢順らしい。トップバッターの尾崎左永子(以下、敬称略)の「鎌倉雑唱」には、もっと期待したのだが。
ファンめいた心理があって、その理由が同誌(?)に連載された「栄花物語」(?)の現代語訳が優れていたからだ。
少し脱線するが、河野裕子と森岡貞香の全歌集が、なぜ発行されないのだろう?僕は買う積もりだし、ファンは多いだろうに。
栗木京子による高野公彦へのインタビュー「ぼくの細道うたの道 4」は、第1歌集出版、職場の先輩・小野茂樹(歌人)の交通事故死、等に及んで詳しい。
結社歌誌「コスモス」2016年9月号より、「その一集」特選欄を読了した。
先行する同・「月集」は、先の8月20日の記事(←リンクしてある)にアップした。
「その一集」特選欄の掲載は、9選者×5名×5首の、225首である。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。Y・とし子さんの5首より。
ぢぢばばと暮らさぬ子らが帰り来て担ぐ御輿のやがてさびしゑ
父母の実家に帰省して、田舎の祭のお神輿を担ぐ孫息子らだろうか。言葉の運びがなめらかで、結語の「ゑ」が効いている。
なぜ僕はブログを書くのだろう。
読者は多くない。僕は知名度がなく、表現力がない。
でも数少ない小さな取り柄の1つに、読書量の多さがあるらしい。僕より多く読む人は、多いけれども。
本を読んで、感想というより、こんな本を読みました、という報告をしたい。
新サスケはまだ、元気ですよ、という挨拶のようなものです。
タブレットより、投稿します。
沖積舎「梅崎春生全集」第2巻(1984年・刊)より、4回めの紹介をする。
同・(3)は、先の7月1日付け記事(←リンクしてある)にアップした。
僕が今回読んだのは、「鏡」、「鬚」、「朽木」の短編小説3編である。
「鏡」は、社長・老金庫番・私(裏帳簿作成役)・給仕娘の4人の戦後の会社で、「私」が貧しい老金庫番を唆して、大金を盗ませる話である。
「鬚」は、仮病で4ヶ月、会社を休んだ「私」が、女に逢うために鬚を伸ばして、失敗する話である。
「朽木」は、「ふじ子」と同棲(?)する「私」が泥酔して、終電車の終点まで行ってしまい、ホームで夜を明かす話である。「ふじ子」との不遇な関係や、共に夜明かしする人々を描いている。
3編とも、自虐的な、破滅の縁まで行く、戦後らしい不幸の物語である。
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