なぜブログを
なぜ僕はブログを書くのだろう。
読者は多くない。僕は知名度がなく、表現力がない。
でも数少ない小さな取り柄の1つに、読書量の多さがあるらしい。僕より多く読む人は、多いけれども。
本を読んで、感想というより、こんな本を読みました、という報告をしたい。
新サスケはまだ、元気ですよ、という挨拶のようなものです。
タブレットより、投稿します。
なぜ僕はブログを書くのだろう。
読者は多くない。僕は知名度がなく、表現力がない。
でも数少ない小さな取り柄の1つに、読書量の多さがあるらしい。僕より多く読む人は、多いけれども。
本を読んで、感想というより、こんな本を読みました、という報告をしたい。
新サスケはまだ、元気ですよ、という挨拶のようなものです。
タブレットより、投稿します。
今回で、このブログの記事更新が、3000回めとなる。
2800回めの更新が、2015年11月27日の記事(←リンクしてある)なので、計算してみるとほぼ日刊である。
以下に要件を記す。
・2007年4月4日、ブログ「サスケの本棚」を開設。
・コメント、629件。
・トラックバック、4件。
・アップした写真、3571枚。
・リンク集内、12件。
・2008年10月初め頃、3カウンター(アクセス・カウンター)設置。
・「人気ブログランキング」(本・書籍 カテゴリ)に参加。
・「日本ブログ村」(読書日記 カテゴリ)に参加。
・使用中のディスク容量、840MB。
これからも宜しくお願い致します。
村上春樹「村上さんのところ コンプリート版」(Amazonのkindleより、新潮社・版)の、その(4)である。先の7月31日の、同(3)に継ぐ。
僕は村上春樹が「ノルウェイの森」で大ブレイクする以前より、「風の歌を聴け」(講談社文庫)、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(何の本だったか)等を読んでいた事が、自慢だった。
しかしサイト「村上さんのところ」(2015年1月15日~1月31日・受付、4月末までかかって解答)の寄文者には、講談社「群像」1979年6月号で、「風の歌を聴け」(初出)を読んで以来の愛読者、という猛者(もさ)がいて、僕の負けである。
なお村上春樹は電子書籍(僕は肯定派である)をめぐって、次のように述べる。「この何年かで出版事情は大きく変わると思いますよ。その流れを今は静観している状態です。もうちょっと待ってください。」
村上春樹「村上さんのところ コンプリート版」(新潮社・版)を読んでいると、面白い箇所があった。
質問は、読書で「途中で挫折した世界的名作もあるのでしょうか?」
答えとして、プルーストの「失われた時を求めて」、ロレンス・ダレルの「アレキサンドリア・カルテット」、他を挙げている。
僕は両方を読んでいる。「失われた時を求めて」は、高校生の時に、新潮文庫13冊で。「アレキサンドリア・カルテット」4部作の内2部は高校生の時に、河出グリーン版・世界文学全集で。結婚後に、4部揃いを買って、完読した。
僕にも、村上春樹に勝てる点があった。
この本の7%しか、僕はまだ読んでいない。
デジタルを含めて、ノート類の整理がつかない。以下に記して、糸口を掴みたい。
まず僕は、短歌と詩の創作をしているので、作品をメモしなければならない。
短歌は、外出時に生まれたものは、手帳の後部の余白に書込み、創作ノート(100枚大学ノート)に写していた。在宅時に生まれたものは、そのまま大学ノートに。
それがケイタイを用い慣れてから、そのテキストメモに書き込むようになった。それを1ヶ月分ずつまとめた、パソコンの歌稿欄に移せば、まとまりやすい。ケイタイのメモは1括消去して、繰り返し使えるので、手帳の余白のように、スペースが足りなくなる事がない。
スマホ、タブレットを購入し、ケイタイの通信契約は切った。しかしスマホ、タブレットのメモは、題名等を入力しなければならず、ケイタイのテキストメモの簡易性と携帯性を離れられず、今も用いている。
詩の創作も、手帳・大学ノート→ケイタイのテキストメモの経過を経たが、ケイタイの小さな窓にソネットの改行、連分けをして、行数を整えるのが面倒になった。退職し外出も減って、携帯性はあまり要らなくなったので、手近にあった企業のノート(ビニール表紙)に書き、これもパソコンの詩稿欄に保存するようになった。
短歌も詩も、未発表分はプリントしておき、それを読んで推敲している。それでペーパーレス化は進んでいない。
毎日の予定は、手帳で管理していた。ケイタイ、スマホのスケジュール管理は、欄が小さいようで、用いなかった。
しかし最近になって、10インチ・タブレットを買ったので、スケジュール管理はその「予定表」に移しつつある。しかし10インチと大きく(週間1覧には便利だが)携帯性が難点である。重要な予定、予定に入らないメモ、手書き地図、等のために、手帳も必要としている。
終いに、ブログ等のための大量のメモがある。初めは手帳の右側欄白紙(左側欄は日分けの予定表)に書いていた。細かいメモを書きたくなり、その他のメモも書込むため、高価だが毎年、業務日誌を買い、日分けメモとフリーメモを書いていた。
さらに大容量にするべく、100枚大学ノートを買って、1日に1ページを当て、スペースを気にせず書き込み、今は満足している。
ノート類はまとめよという声もある(その本を僕はまだ読んでいない)そうだが、デジタル時代のノートのまとめ方に成功している方は、アドバイスを頂きたい。当方はわりあいアドバイスを受け入れるほうである。
休日の、還暦1歳の1日を紹介する。
昨夜は夜更かしをしたので、今朝は8時頃に起床。
そのあとパソコンに向かい、メール、ブログの閲覧などで1時間。
そのあと車で出かけて、K喫茶店にてコーヒー。
帰りにT外科医院へ寄るが、ドアが閉まっていた。腰と首のリハビリを受けるつもりだったが、今日は祭日の休みだった。
帰宅して、同人詩誌「群青」第23号の誌面稿のうち、目次と奥付けのページを仕上げる。詩3編とエッセイ1編の誌面稿は仕上げてあるので、パソコンのワードへ打ち込む作業は終了。同人のこぐま星座さんとAUさんに連絡して、編集会議の場所、日時を決める。
昼食後、読書。
3時過ぎに用意して、車で出掛け、「ヘアーサロンL」にて理髪。
帰宅して、小遣い帳を付ける。
早めの夕食。
休憩のあと、アメブロ「新サスケと短歌と詩」(このブログのリンク集にあり)に、僕のソネット「草」を載せる。
夕方7時半過ぎより、このブログを書いている次第。
このあと、読書と入浴をして就寝。
僕は最近、また幾つかハードルを越えた思いをしている。
まず、「日本図書コード管理センター」より、申請していた「ISBN出版社記号」の知らせを受けた。
大阪府の(株)スミタと、ファクスとメールで遣り取りをして、上記内容を含むバーコードを作成して貰い、CDで送って貰った。
上記CDと、僕の第3詩集の第2校正ゲラを、A印刷(株)へ送った。
なぜこのような煩雑な事をしているかというと、詩集制作を依頼したA印刷が印刷会社の名前なので、ISBN出版社記号を取得できないからである。
またK誌の小さな原稿を書き上げ、送付した。前回は字数が少なすぎたので、今回は用紙を2枚、コピーした。今回も1ヶ所間違えたので、コピーした用紙に書き直した。
1年で1番大きなハードル、夏も過ぎようとしている。現場作業員の僕には、夏は苦しいものである。
最後に、拙作を1首。
この夏の暑さは峠を越えしとぞ思ひ喜ぶ作業員われは
「コスモス」平成18年12月号より
年齢のせいか、無精なのか、物事をするのに、一々ハードルを越えるような思いをする。
ここ1週間ほどの、小さな出来事を記す。
最近のコメント