「その二集」末まで
今月2日の記事、「あすなろ集」末まで、に書いた通り、歌誌「コスモス」2014年4月号の、第1段階の「その二集」に読み入り、先日に読みおえた。
「その二集」の作品には、フレッシュさがあって、僕たちも刺激を受ける。
僕が付箋を貼ったのは、愛知県K・すみ子さんの、次の1首(172ページ・下段)である。
夫は逝き子は独立し誰も居ぬ聖夜にわれは年賀状書く
高齢化、過疎化によって、このような独居のお年寄りが増えていくのであろう。年賀状が救いになっている。
今月2日の記事、「あすなろ集」末まで、に書いた通り、歌誌「コスモス」2014年4月号の、第1段階の「その二集」に読み入り、先日に読みおえた。
「その二集」の作品には、フレッシュさがあって、僕たちも刺激を受ける。
僕が付箋を貼ったのは、愛知県K・すみ子さんの、次の1首(172ページ・下段)である。
夫は逝き子は独立し誰も居ぬ聖夜にわれは年賀状書く
高齢化、過疎化によって、このような独居のお年寄りが増えていくのであろう。年賀状が救いになっている。
「コスモス短歌会」より、「第十一宇宙花」が届く。5年ごとに発行のアンソロジーである。「自選歌集」1659名、「物故会員作品抄」136名、各5首ずつの掲載である。他に「コスモス叢書一覧」「コスモスの賞一覧」等。
鯖江市の詩人、T・晃弘さんより、同人詩誌「青魚(せいぎょ)」No.79、10冊が送られてきた。僕はソネット2編を載せてもらっており、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」(このブログのリンク集にある)で追いおい発表したい。
Amazonのマーケットプレイスに注文した、日本エッセイスト・クラブ編「’08年版ベスト・エッセイ集 美女という災難」が届いた。このシリーズの「’07年版」まで、25冊を取り上げて来たので、拙い感想を再開したい。
事前1首出詠10名、当日参加者9名。
事務方のTさんが用意した詠草プリントの順で、U支部長の司会のもと、1首に2名が批評を述べ、支部長の講評と添削例提示で、会は進んだ。表現の微妙な点では、会員の発言が相次いだ。
僕の1首は、3ヶ所を直された。理の通ったものである。
批評会のあと、毎月1人がプリントに載せる「私の一首」(自選1首に短文を付したもの)は、T・Fさんの番で、支部長も褒めていた。
また元・支部会員のT・Sさんが亡くなられ、遺詠5首が公表されたので、鑑賞しつつ故人を偲んだ。
来月の忘年歌会の要領が示され、3時半過ぎに散会となった。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首である。「月集シリウス」22ページ上段。岐阜県、W久代さん。
吾子三人畦に這はせて育て来し今に思へば胸が痛みぬ
僕の両親は専業農家で、藁で編んだ籠に僕を入れて畦に置き、田仕事をしたとエピソードを交えて、話してくれたものだった。僕はその事を恨みにも何にも思っていない。
そうしなければ生活できなかったのだし、両親も必死に働き、少年となった兄弟も手伝って、ようやく生活できた。他の家族と比べる余裕もなかった。今となっては、良い思い出ばかりだ。
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