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2012年11月の28件の記事

2012年11月 9日 (金)

詩誌「角」第27号

Cimg6571 坂井市に在住の詩人、Nとしこさんが、同人詩誌「角」(つの)第27号を送って下さった。

 2012年10月15日、角の会・発行。

 若狭地方の同人がおもだが、越前地方の同人も混じる。

 今年7月11日の記事で、第26号を紹介して以来だ。

 Nとしこさんの「花火」は、新婚の息子夫婦とともに、こちらでは有名な行事である、「三国花火」を観た際のことを、作品化している。息子が結婚して、これまでの動揺・不安から心境が落ち着いたようで、齢を重ねた心境の詩を期待する。

 O純さんの「つゆ」は、「いのちの種のようなひとしずくを/唇に落してもらって/旅立つのだが/行方はおぼつかない」と始まって、己の死に思いを巡らせる。

 Y勝さんの映画評論「僕の懐かしシネマ館13 ピーター・ボグダノヴィッチ『ラスト・ショー』」は、1ページ3段、6ページにわたって、熱く語っている。

2012年11月 8日 (木)

詩誌「木立ち」第113号

Cimg6569 福井県に在住の山岳エッセイスト、M迪男さんが、同人詩誌「木立ち」第113号を送って下さった。

 2012年9月25日、木立ちの会・発行。

 I秀子さんの「つう」は、女性の悲痛な愛を描く。全8連のうち、終連は、次のようである。「逝く時は 羽二枚あればいい/一枚は最後に脱がせてくれる脱衣婆の/髪留めにあげたいの/一枚は白羽の上で揺られながら/彼の岸へ渡って行きたい」。

 K明日夫さんの「雨の柩」は、「風に吹かれて/一瞬と永遠がちょっとしょっぱかった」などの、キャッチーなフレーズを連ねながら、老いの影が差してきた(生の深さに触れている)ようだ。

 O英人さんは、これまで続けたお道化路線を捨て、「酒樽、だから」では先鋭的な路線に返った。

 M迪男さんのエッセイ「小広谷」は、6名での沢登りを記している。ベテラン同士で、行き帰りに川の流れを歩いて渡るなど、リアルなレポートである。

 

2012年11月 7日 (水)

中山礼治「黄蜀葵」

Cimg6565 「コスモス」の先達歌人、中山礼治氏の第2歌集「黄蜀葵」を読みおえる。

 伊麻書房、1978年・刊。603首。

 箱、宮柊二・題簽、本体にパラフィン紙カバー。

 黄蜀葵(オウショッキ)とは、とろろあおい(1年草)で、和紙の糊料、漢方薬に用いる。

 中山礼治氏(1912~1998)は、中学校卒業後に一旦就職するが、23歳で国学院大学師範部に入学、教職の道を歩んだ。

 師範部の頃に「多磨」入会、1953年の「コスモス」創刊に参加。

 「自己を誠実に詠んだ」(三省堂「現代短歌大事典」より)とされる。

 以下に7首を引く。

午後着ける上州仁田の葱の泥雪降る日ゆゑ少し濡れたり

義仲寺の墓立ちめぐる生垣のかの山茶花や咲きつつあらむ

山腹にそよりともせぬ葛の葉に暑き時間はすでに来てをり

散りそめて萼の赤みの目にしるし山木にまぎれ行かむ桜は

邪魔として薊四五本を切り払ひ日暮れの妻が生き生きとをり

根元より掘りしすすきの株跡に今朝つくばふはぬくもる鳩か

いつのまかとろろあふひのつぼみたる夕べの庭におどろきて佇つ

2012年11月 6日 (火)

ピラカンサスとウメモドキ

Cimg6550Cimg6552









 庭でピラカンサスの実が生っている(左の写真)。

 小さい黄色い実をたくさん着けて、樹勢旺盛である。

 右の写真は、ウメモドキ(梅擬き)の実。

 ウメモドキは落葉のあと、赤い実だけが照るころが見頃である。

 しかしヒヨドリ、他の小鳥に実を食べられて残り多くなく、それまで待てない。

 なお、この2枚の写真は、写真専用にしているCDに、名前を付けて収めてある。

2012年11月 5日 (月)

石原吉郎「いちまいの上衣のうた 1967」

 花神社「石原吉郎全詩集」(1976年・刊)より、2番めの詩集「いちまいの上衣のうた」を読みおえる。

 先の10月27日、第1詩集「サンチョ・パンサの帰郷」を紹介した記事に、続くものである。

 この詩集(1964年~1967年に、詩誌に発表された、52編を収録)には「1967」と年号が付されるが、次に載る「斧の思想」と共に、全詩集の巻末の「著作目録」にも、ウィキペディアの「石原吉郎」の項目にも、不載である。詩集の経緯の詳細を、僕は知らない。

 過去と現実、経験と言葉を、うまく折り合わせられなかった詩人が、現実を生活してゆこうとする意志が見える。

 詩「いちまいの上衣のうた」では、「いかなる日におれが/指と指ぬきを愛したか/条理をくり展(の)べては/やさしげな火をかき起し……まさにそのことのゆえに/愛はひたすらに町をあふれ/帆のようにおれは/夕暮れをはらむのだ」と謳う。

 また詩「欠落」では、「およそ欠落においてのみ/あたたかな手でとりもどす/この寂寥は/信じなければならぬ」と、信じ得ると書いた。

 次の詩集「斧の思想 1970」では、敵と死が描かれるとしても。

Phm02_0891
ダウンロード・フォト集より、森の1枚。

本文とは無関係。

2012年11月 4日 (日)

「詩集ふくい2012」

Cimg6554 福井県詩人懇話会が発行するアンソロジー詩集の、「詩集ふくい2012」を読みおえる。

 懇話会設立より、毎年1回発行されて、第28集に至る。

 参加者61名、詩71編が寄せられている(各人、4ページまでの掲載が出来る)。

 古くより存じ上げている方の健筆は嬉しく、また新しい方の作品に触れて、継続・定着を願う。

 他に執筆者名簿(詩人の情報が、拒まない範囲で、掲載)と、55ページにわたる「’11ふくい詩祭記録」が、残されている。

 僕は、ソネット「幸運」を載せた。

 既に同人詩誌「青魚」No.77に、またもう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」(このブログのリンク集にあり)で、発表した作品である。ちょっと品がなかったかと、反省している。

2012年11月 3日 (土)

詩誌「果実」第67号

Cimg6546 県内に在住の詩人・T篤朗さんが、同人詩誌「果実」第67号を、「群青の会」宛てに送ってくださった。

 平成24年10月、果実の会・発行。

 「果実」は元教員6名が、年2回発行している詩誌である。

 巻頭のN明徳さんは、詩歴はそんなに古い方ではないと思うが、「洗濯」の比喩、「夜の駅で」の抽象化が、ささやかながらある。

 作品を書き続けると、感性が上昇するのが普通であり、いつまでも足を地に付けて書くほうが特異であり意義がある、とある思想家は書いていた。

 K不二夫さんの「バス停にて」は日常から幻想へ移る不思議さ怖さがあり、「晩秋の食卓で」では、継母が一所懸命に料理を作ってくれたことを回想し人生を噛みしめている。

 他の方もそれぞれ、持ち味のある詩の発表である。

 散文3編も、ここでは述べないが、力が入っている。

2012年11月 2日 (金)

田谷鋭「母恋」

Cimg6544 田谷鋭氏の歌集「母恋」を読みおえる。

 1978年、白玉書房・刊。718首。

 箱、宮柊二・題簽、本体にパラフィン紙カバー。

 田谷鋭氏(1917~)は、生まれて3年で父を失い、8年で母を失った。

 「香蘭」「多磨」を経て、1953年の「コスモス」創刊に参加。

 1958年「乳鏡」で第2回「現代歌人賞」、1973年「水晶の座」で第8回「迢空賞」第1回「日本歌人クラブ賞」、それにこの「母恋」で1979年の第30回「読売文学賞」を、それぞれ受賞した。

 この歌集に「うち深く恚(いか)るのみなるあけくれを」とあるが、作歌としては「ひそけく・しづか・さやさやし」等の語彙を用いるなど、寂光の境地を目指したようだ。

 以下に6首を引く。

帰らざる子のため荒るるわが心歌読みさして忽ちに飽く

山口の駅舎静けく朝空におびただしくも舞ふ燕あり

青年の一つ力におもおもと大き筏はいま橋くぐる

寂しさもわが餌食なれ雨の日の植物園の木暗(こぐれ)ゆきつつ

はじめより知らざる父とそのみ面(おも)忘れし母とわが胸に生く

雨を待つ東日本と思ふにぞ吾妻は嘆く青ものの値を

 正字を略字に替えてある。

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