角川書店「増補 現代俳句大系」第5巻(昭和56年・刊)より、5番めの句集、室生犀星「犀星発句集」を読みおえる。
原著は、昭和18年、桜井書店・刊。
530句、季題別。
犀星(1889~1962)の文学の出発は俳句であった。詩に転じ、小説に進んだが、句と詩を忘れなかった。
季語にも捻ったものは殆んどなく、素直な句と思われる。巻末の「雑」の部に、銃後の吟17句がある。
以下に5句を引く。
春の日のくれなんとして豆にえぬ
昼深く春はねむるか紙しばゐ
山やけて天つ日くらしきりぎりす
鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな
ひよどりの痩せ眼に立ちて冬日なる
没後発行の「室生犀星句集 魚眠洞全句」(1977年、北国出版社・刊)を、僕は持っているが、今は読む時がない。
本文と無関係。
角川書店「増補 現代俳句大系」第5巻(昭和56年・刊)より、4番めの句集、久米正雄「返り花」を読みおえる。
原著は、昭和18年、甲鳥書林・刊。
新年四季別の582句に、初期句抄の「牧唄句抄」100句を加える。
著者は、戯曲・小説で有名だったが、日本文学報国会の事務局長となり(昭和17年)、(文学の出発時に新傾向俳句を作していた)その頃より再び俳句を吟じるようになった。
戦争吟もわずかにあるが、ファナティックではなく、冷ややかでもなく、冷静・義理的な句だと感じられる。
以下に5句を引く。
雲四散して初富士の夕眺め
寒き日やいつ迄裏に子女の声
黄な月を屋根にのせたる暑さかな
膝頭抱いて遠稲妻に居り
凍つる夜を羽搏くものゝある虚空
本文と無関係。
角川書店「増補 現代俳句大系」第5巻(昭和56年・刊)より、3番めの句集、滝井孝作「浮寝鳥」を読みおえる。
原著は、昭和18年、石原求龍堂・刊。
200句(創作の逆年順)、自筆「奥書」を載せる。この「大系」本では、随筆を省く。
彼は文学的出発において、河東碧梧桐ら(「海紅」等)の、新傾向俳句の俳人であったようだが、小説を経て、俳壇にも復帰した「浮寝鳥」では、有季定型の句に納まっている。
この「大系」第5巻ではこのあと、久米正雄「返り花」、室生犀星「犀星発句集」、内田百閒「百鬼園俳句」と、文人俳句の句集が続くのだが、当時の時勢に疎い僕には、その理由がわからない。
以下に5句を引く。
水鳥や艦船うごき波のくる
たつぷりとたゆたふ蚊帳の中たるみ
夕あたゝか星僅か出る窓の空
霜晴れの欅の梢空の濃き
双子山脊肩のさむい夕日哉
ダウンロード・フォト集より。
角川書店「増補 現代俳句大系」第5巻(昭和56年・刊)より、2番めの句集、佐野良太「樫」を読みおえる。
原著は、昭和17年、新土社・刊。
師の臼田亜浪(「石楠」)の序、387句、自跋「巻末に」、選をした甲田鐘一路の「編者として」を収める。
著者の家は昔からの豪農で、大学を卒業しながら、専門の職には就かなかった。
出征兵士の歓送、戦死者への家、に哀れみの句を吟じながら、巻末に「十二月七日 国顫へり一塊の土も穭も」「日米開戦 吾等つひに起てり降る雪もたのし」の2句があるのは、宜しくない。
以下に5句を引く。
青東風や浜の雀は草に落ち
まらうどよ刺身もつまも氷りたり
青天へ木兎がとび出し雪崩かな
青白き月と見る間に吹雪きけり
虹鱒は星明りにも逸るなり
ダウンロード・フォト集より。
角川書店「増補 現代俳句大系」も、第5巻(昭和56年・発行)に入る。
昭和17年~21年に発行された、13句集を収める。
写真は、第5巻の箱の表である。
初めの山口青邨「雪国」を読みおえる。
原著は、昭和17年、龍星閣・刊。
650句、「あとがき」を収める。
「作品解説」に拠ると著者略歴は、第1巻を見なければならない。本の山から掘り出して、埋め戻したのに、今更それはないだろう。
「雪国」に戻ると、俳壇の激浪の時期に、「ホトトギス」に拠って吟じられた、虚子・選の句が殆どである。中国に寄り、ヨーロッパ、アメリカに2年間、留学していた間の、外国吟が注目される。
以下に5句を引く。
樽前に日は落ちてゆく花野かな
水仙の花の盞うつ雫
汐騒や妻は昼寝をたのしみて
春雨や江南の乙女機を織る
故伍長蜩鳴けるふるさとに
角川書店「増補 現代俳句大系」(全15巻)の第4巻(昭和56年・刊)より、13番めの句集、佐野青陽人(さの・せいようじん)の「天の川」を読みおえる。
原著は、昭和16年、曲水社・刊。
師・渡辺水巴(俳誌「曲水」)の序文、「序にかへて」の自句1句、大正12年~昭和16年を3期に分けての293句、後記を収める。
俳号には謡からの意味もあるが、「西洋人」のもじりの意味もあり、戦前の1時期にアメリカ人の経営する米国貿易会社に勤務した事による。
その時期の経験に由ってか、翼賛的な吟を作さなかった。
以下に5句を引く。
更くる夜のおとがひまろき雛かな
別るゝもまた愉しげの雛かな
うつむいて菊に触れたり角かくし
大夕立乾きし砂の円覚寺
蛾を食みし蜥蜴熱砂に口拭ふ
「永井陽子全歌集」より、初めの句歌集「葦牙(あしかび)」を読みおえる。
全歌集は、2005年、青幻舎・発売。
写真は、その表紙である。このブログの2009年2月16日の記事に、三月書房のネット通販より購入とあるので、読みはじめるまで3年余を待たせたわけだ。
「葦牙」は、1973年、愛知県立女子短期大学文芸部(彼女が卒業したばかりの大学)・刊。
97句、113首を収める。
俳句でも、進歩は速かったようだ。
例えば前後の句、
湖青し めくらの甲冑魚がはねる
海底の甲冑魚にも花明り
では後の作が、言葉がずっとなめらかだ。
最も好感を持ったのは、次の句である。
クマンバチが私の視線を折りに来る
しかし短歌の抒情が彼女に合った(角川短歌賞候補、短歌新人賞受賞)ようで、短歌の世界で活躍した。
角川書店「増補 現代俳句大系」第4巻(昭和56年・刊)より、12番めの句集、篠原梵(しのはら・ぼん)「皿」を読みおえる。
今年2月29日の記事、尾崎迷堂「孤輪」以来である。
原著は、昭和16年、甲鳥書林・刊(昭和俳句叢書の1冊として)。
196ページ、340句、題は四国時代に(のちに彼は東京に出た)歩いた山のうち、皿ケ嶺より採ったと「後記」にある。
彼は臼田亜浪・門、俳誌「石楠」で活躍したとある。
当時の俳壇の風を知らないが、この句集には5・7・7音等の、破調が幾十もある。例えば、
わが垣も八ツ手の花のたわわ毬なす
以下に5句を引く。
寒き燈にみどり児の眼は埴輪の眼
腕の中にのけぞり吾子の風鈴もとむ
円く濃き新樹の影にバスを待つ
バス果てぬ春蟬ここだ鳴く中に
葉桜の中の無数の空さわぐ
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