ずいぶん前、おそらく「BOOK OFF」の現れる前、金沢市の古書店で「鈴江幸太郎全歌集」(初音書房、1981年・刊)を買った。
僕が買った初めての全歌集である。
箱には、背に題名が印刷されているのみなので、写真を挙げない。
これから1冊ずつを紹介して行こうと思う。
まず初めの「くろもじ」を読みおえる。
これは作者の10冊めの歌集だが、内容は初期歌集なので、最初に置かれる。
原著は、1969年、初音書房・刊。
「アララギ」に入会し、選者の選を得た、159首を載せる。
以下に5首を引く。
照り出づる月にすがしき山々やこの峡底(かひぞこ)の道明るめり
潮曇り秀(ほ)に立つ波のつぎつぎに走りむかふは夜見が濱かも
杉むらのとよめる下の笹の音裏べは谷とおもひ寝にけり
青葉暮れてくだりをいそぐ下谷に鳴りそめし瀬は淸瀧ならむ
我の学資つくるとゆきし朝鮮におのれ炊ぎて過ぎし父はも
本文とは無関係。
総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2013年2月号を読みおえる。ただし読んでいない部分もある。
先の1月17日付けの記事で、「コスモス」2月号と共に、入手を報せた歌誌である。
表紙は今年も、シンプル路線らしい。
「巻頭作品二十首」では、桑原正紀氏の「ほのぼの」が、心理の深い襞を描き出している。
「短歌と随想十二か月②」では、田宮朋子さんが「電飾樹林」7首と「雪国気質」を載せ、短歌では歴史的・地理的に遠いものを、繋いで詠む。
「作品12首」では、斎藤すみ子さんの「残菊の白」より、次の作品が心に残る。
身をかばへ心惜しめとささやきて常緑保つ百年の杜
埼玉県にお住まいの田中愛子さん(「コスモス」会員、「棧橋」同人)が、第2歌集「傘に添ふ」を送って下さった。
2013年1月、柊書房・刊、511首。
「桟橋」の宿泊批評会で彼女とお会いした事がある(言い古された言葉だが、笑顔の爽やかなかた、という印象だった)が、僕は「棧橋」を退会してしまったので、それ以上のつながりはない。短歌上の後輩への励ましだろうか。
あるいは出版社のご配慮だろうか。
家庭裁判所というお堅い職場にお勤めであるが、帯文の通り、「柔らかな心と他者への愛がつねにその身に宿っている」歌人である。
以下に7首を引く。
まちがひの留守電わが家に入れし人はたして彼と会へただらうか
青信号つづけば妙に不安きざす気の小さき性(さが)もちて生きをり
目をあけて明日を思ふ目をとぢて昨日を思ふ風さわぐ夜
ディーでなくデーと言ふ時全身に力みなぎる「リポビタンD」
なづきにて漢字変換してをりぬ「ジュリア」「セリア」と呼ばれゐる名を
ぼくの犬あたくしの猫わしの山羊あたいの兎それがしの馬
春の日の電車あるいは講義室みらいあるものよく眠りたり
ブルガリアに在住の歌人、武藤佐枝子さんの歌集、「マルテニツァを襟に」を読みおえる。
2012年、短歌研究社・刊。
仲宗角氏・選、535首。
先の1月24日の記事で、購入を報せた本である。
彼女はブルガリア在住の、唯一人の「コスモス」会員である。
故国を懐かしむ歌より、長く異国に住む心の葛藤(「味噌、醤油、梅干、緑茶、海藻を最低限置きソフィアに住み来ぬ」)、融和(「冬霞バルカンの峰に柔らかしレモンバームのティー香る朝」)などの歌に、僕は惹かれた。
異国に住み続けているだけでなく、彼女には心の1種の優しさ、寛さがある。
以下に7首を引く。
食卓の下に藁置き聖夜祝ふ村のしきたり今に続けり
全身に春の萌しを覚ゆるか牝牛(めすうし)今朝は地を蹴り走る
ベランダの衛星アンテナ宙に向き故国の様を映す世となる
この地球のいづこに生を終るとも良しと仰げり輝く火星を
日本語とブルガリア語を聞きわけて猫ブランカは夫婦を往き来す
成功を希ふ門出に水を撒く慣ひを今朝は子のためにする
ブルガリア初のメトロの動き出す聖水撒きて僧祈るなか
氏は1912年・生、2010年・没。
昭和52年、柏葉書院・刊。304首。コスモス叢書第102篇。
箱、本体にビニールカバー。(写真は箱の表)。
第5回日本歌人クラブ賞・受賞。
題名の「忍冬文」(にんどうもん)は、「忍冬のような蔓草を図案化した一種の唐草模様」であり、「忍冬」とは「スイカズラ」の漢名であり、「スイカズラ」とは常緑蔓性木本、また「すいかずら科」は双子葉植物の一科である(いずれも電子辞書版・広辞苑第6版に拠る)。
昭和45年のギリシア・トルコ・イラン・アフガニスタン・パキスタン・インドを巡る旅、昭和48年のエジプト・シリア・イラク・クェートを巡る旅、二つから得られた短歌を集めている。
観光ではなく、古代文明史への深い関心をもっての旅である。
以下に7首を引く。
糸柳かすかにあをむエジプトの春に来遭へり麦の穂はまだ
たたかひを秘めてしづまる国狭く雪かづく山砂漠にせまる
アッシリア栄えたる日の空を知らず石獣の翼白日に照る
チグリスとユーフラテスとここに会ふ春すさまじく風が煽る波
ヒッタイトここに栄えし石の城ひとすぢ細く水いまも湧く
岩山にならびうがてる王墓群砂吹きつけて粗しおもては
山の水引きてわづかに草生ふる牧を恃みて牛いくつ飼ふ
これで「コスモス」先達歌人の歌集を読んでの、拙い記事のシリーズは仕舞いである。
結社歌誌「コスモス」2013年1月号を、初めより「その一集」特選欄までと、「COSMOS集」他、読んだと昨年12月22日のブログ記事に載せた。
そのあと「その一集」とそれに次ぐ「あすなろ集」を読みおえた。さらにそれに次ぐ「その二集」は、まだ読んでいないが、読み続けたい。
いつもより多く読んでいるのは、年末・年始の休暇のおかげだろう。
「その一集」は(特選欄をのぞき)77ページあるのに、「その二集」は(「COSMOS集」をのぞき)23ページしかない。「コスモス」の将来を考える時、憂慮すべき事態である。
常づね歌誌や歌集を読んでいると、その時には短歌の生まれなくても、何かの時にふと、あるいは短歌に詠んでおきたいと思う時、短歌の生まれる助けになる。
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