結社歌誌「コスモス」2016年7月号より、「月集」を読みおえる。
「月集」とは、「今月の四人」、「月集スバル」、「月集シリウス 特別作品」、「月集シリウス」の4欄の事である。
「月集スバル」会員(選者、ないし選者経験者)では、歌壇で活躍したい人がいるだろうし、「月集シリウス」会員には未来の選者を目指す人もいるだろう。あまり想像で物を書いてはいけないのだが。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。「月集シリウスのI・寿子さんの4首より。
わが畑に隣る溜池NET(ネツト)では名に負ふ釣り場となりて賑ふ
情報格差、という程の事はなく、狭い範囲の情報だろう。ただし意外な動きを見せる場合がある。
Amazonに予約注文してあった、総合歌誌「歌壇」2016年7月号が、6月12日(日曜日)に発送通知があり、翌13日に届いた(プライム会員のせいか)。
写真ではハレーションをおこしているが、特集は「破調が短歌にもたらすもの」である。
読みおえたなら、ここで紹介したい。
6月16日に、結社歌誌「コスモス」2016年7月号が届いた。少しずつでも紹介して行きたい。
僕の歌は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の、6月17日の記事(←リンクしてある)にアップしたので、横書きながらご覧ください。
ながらみ書房「定本 竹山広全歌集」(2014年・刊)より、第3歌集「残響」を読みおえる。
第2歌集「葉桜の丘」は、先の6月1日付けの記事(←リンクしてある)で紹介した。
「残響」は、1990年、雁書館・刊。467首。
この間、生業の印刷所を閉めて(66歳)いる。地域の歌人と交わり、核実験反対の座り込みに参加。
また結社「心の花」や総合歌誌で注目され始める。
悲惨な経験を経て、乏しさ(貧しくはない)と反骨精神は、時にユーモアのある作品を生んだ。
以下に7首を引く。
椅子ふかくかなしみをれば二度三度きし鵯のおちつかず去る
活字一式地金に売りて労働のあとかたもなき空間さむし
髪触るるまで子の墓にうなかぶす妻のうしろに寄りゆきがたし
たたみ十枚干して困憊せるわれに被爆時刻のサイレンひびく
座込みで何が得られると自問して賢くなりし人は去りゆく
灯を消しし窓にをりをりきて触る昭和終焉のこの雨の音
天の橋立股よりのぞき見る妻よ眩暈(めまひ)をおそれわれはせなくに
結社歌誌「コスモス」2016年6月号より、「COSMOS集」を読みおえる。
その前の「その一集」特選欄は、先の6月2日の記事(←リンクしてある)で紹介した。
「COSMOS集」は、「その二集」と「あすなろ集」の、特選欄である。「あすなろ集」より30名、「その二集」より12名、各5首(稀に6首)が選ばれて、選者による題名を付されて載る。望みの叶った場だろう。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。T・竹子さんの「妖怪ゲーム」5首より。
マットレスに転び飽かずに遊びをり幼き妹兄が助けて
兄妹、姉弟の助け合いは、独特の情感のあるもののようだ。僕は2人兄弟だけれども。
先の5月21日の記事(←リンクしてある)「歌誌2冊」で報せた内、総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2016年6月号を、短歌作品を中心に読みおえる。
特集の「結社の進路――結社の近未来を考える」では、結社中枢の歌人の声ではなく、投稿歌人、ネットや同人誌で活動する歌人、結社に入ったが辞めた人、の結社観を公にした方が有意義、とする声がツイッター上でかあり、もっともだと僕は思った。総合歌誌で、結社論が繰り返し取り上げられるのは、それだけ反発もあり、結社中枢の歌人も引け目を感じているからだろう。
栗木京子による高野公彦(いずれも敬称略)へのインタビュー、「ぼくの細道うたの道」が始まった。彼の作品への理解が、深まるだろう。
結社歌誌「コスモス」2016年6月号より、「その一集」特選欄を読みおえる。
同「月集」読了は、先の5月30日の記事(←リンクしてある)にアップした。
特選の歌は、内容が(本人にとり)大きく、レトリックも用いられている。
各選者により、多少は歌風の傾向があるようだ。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。K・蕃さんの5首より。
ふるさとは大黒舞の来しころよおぼろに思ふ松尽し唄
大黒舞は、新年の門付け芸らしい。めでたい「松」尽くしの詞を述べたようだ。
「フリー素材タウン」より、花菖蒲の1枚。
ながらみ書房「定本 竹山広全歌集」(2014年・刊)より、第2歌集「葉桜の丘」を読みおえる。
第1歌集「とこしへの川」は、先の5月25日の記事(←リンクしてある)で紹介した。
「葉桜の丘」は、1987年、雁書館・刊。357首。
彼はクリスチャンの家庭に生まれた。1941年(21歳)、結核病を発病、療養。
1945年、浦上第一病院に入院中、原爆被爆。1948年(28歳)、結婚。1978年、長女・ゆかり死去。
多くの悲惨を乗り越えられたのは、表には出していないが、信仰の力ゆえか、と思われる。短歌の徳も与っているだろう。
以下に7首を引く。
文字植うる眼(まなこ)いくたびおしぬぐひ鈴懸に鳴る風を仰ぎつ
ま夜中の冷蔵庫などさしのぞくいかなる闇をわたる若者
逝きし子も学びゐる子も杳かにて夜ごと夜ごとの闇くだる天
鼻ごゑを売りまくるこの若者をののしりたれば心ほどけつ
子に点す蠟燭の焔(ひ)をたわめたる扇風機の風われに戻りく
ひとの歌を崇めしばしば毒づきて夏もしんそこ食ふものうまし
核実験にあらがひ坐るわれらただみづからの背骨(はいこつ)を味方に
先の5月21日の記事(←リンクしてある)、「歌誌2冊」で届いた事を報せた、結社歌誌「コスモス」2016年6月号より、初めの「月集」を読みおえる。
僕が「月集」と呼んでいるのは、元1つだった、「月集スバル」の「今月の四人」と通常欄、「月集スバル」の「特別作品欄」と通常欄、計4欄の事である。
「月集スバル」(選者、選者経験者、のクラス)では、「今月の四人」への競争はないと見られる。それよりも歌壇的に知られる事が目標だろう。
「月集シリウス」では、「特別作品欄」の他、7首出詠のうち、4首選と5首選が半々くらいなので、5首選を目指す競争が、あるだろう。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。「月集シリウス 特別作品」欄のM・則子さんの「末期のコーラ」5首より。
伊豆一の美男子でした存分に身びいきをして父を送らむ
父母が逝いた時、讃える挽歌で送りたい気持ちはわかる。
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