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12月3日の記事「実用書2冊」で、Amazonマーケットプレイスよりの古本購入を報せた、「[書類・手帳・ノート]の整理術」に拠り、整理を始めている。今日は、その第1回。
初めの章は、「ファイリング術」である。勧められるクリアホルダーを、僕は使っていない。
枚数の薄い書類は、ホチキスで留めて、厚い書類はクリップで挟んで、保存している。また、あまり用いない書類は、2穴フラットファイルに綴じている。
次のファクス、カバンはあまり用いず、領収書(ネットショッピングなどの)は、先のフラットファイルで保存している。
デスク術では、パソコンデスクの整理をした。
まず中央引き出しにあった書類(A4判)のうち、あまり使わないものを、本箱に移した。
右側引き出し3段は1部、共同使用の妻が整理したままだった。空き缶に入れられたままの物を、蓋を外して見られるようにし、整理した。また筆記用具のうち書けない数本を捨てた。
引き出しの奥の伏魔殿をあばき、フロッピーディスクなど、要らないものを出した。その空いた所へ、脇に置いてあった、液晶拭きティッシュ、拡大レンズ、クリップを入れた箱、などを収めた。
パソコンの横に置くプリンターの上に(コピーやスキャンは少ないので)、書類や本を置きがちだったが、その上には置かないようにした。
まだ本の初めの方で、パソコン術、手帳術などの解説があり、改善したならここで報告する。
1昨日(12月17日)に、結社歌誌「コスモス」2015年1月号が届いた。
「第61回O先生賞発表」がある。
僕の歌は幸い、5首選(特選)だった。内容はアメブロ「新サスケと短歌と詩」の、昨日の記事(←リンクしてある)に載せてある。
また昨日、Amazonに注文していた総合歌誌、「歌壇」(本阿弥書店)2015年1月号が届いた。
早くも新春モードである。
結社歌誌「コスモス」2014年12月号の、「その二集」(既読の特選欄を除く)を読みおえる。
その前の「あすなろ集」読了は、この12月10日の記事で報せている。(12月中は、右サイドバーのカレンダーで当の日付をクリックしてください)。
「その二集」「あすなろ集」(「その一集」もだけれど)平均選歌数が上がった。しかしそれに連れて昇級基準歌数も上がっている。それに「その二集」会員数の減少のため、特選の数が抑えられた。厳しいが、ご健闘を。
付箋を貼ったのは、次の1首。兵庫県のM・順子さん※の3首より。
介護とはやさしいだけでできぬこと今日も舅(しゆうと)の紙パンツ換える
名前の後の※は、新かな遣いを示している。
僕は次男で、両親の介護をほとんど全くしなかったが、兄夫婦の苦労が思われる。また妻と二人住まいなので、いずれ老々介護の問題も出て来るだろう。
昨日に同誌の2015年1月号が届いた。その前に12月号の、通常の短歌を、全部読み得て良かった。
BRILLIANT CLASSICS版(廉価版)「ハイドン作品集」(音楽CD150枚+解説CD1枚(外国語3語で、僕は読めない))より、112枚め、バリトン三重奏曲の1枚め、1番~7番の7曲を聴いた。
パソコンのiTuneで、64分余り。
前回は11月14日の記事(←リンクしてある)、「ピアノ三重奏曲」の4枚めだった。
CD10枚のピアノ三重奏曲を過ぎ、CD20枚(126曲)のバリトン三重奏曲に入る。
この三重奏は、バリトン、チェロ、ヴィオラより成る。バリトンは、18世紀頃までは使われたが、現在では非常に珍しいとされる、弦楽器である。
何のせいか(楽器?奏者?録音?僕の耳?)、音が澄んでいないようで、先が思いやられた。
写真は、紙ジャケットの表である。
Amazon直売では、1本500円だったが、合計2500円以上買わなければならない、買い合わせ商品になっていた。以前はそうではなかった。仕方なく他の店で、送料を払って買った。
この黒酢は何本か、飲み続けている。1日1回、少量に牛乳を混ぜて飲んで、体調に良いようである。
左の写真の、左がボトル、右が箱である。
また、ロッテ製キシリトール・ガム・ライムミントを10瓶、あるドラッグストアで買った。Amazonでも売っているが、店頭よりやや高いようである。買いに行く時間、車のガソリン代を考えると、どちらが得か判らない。ドライブを兼ねて、車で片道30分の店へ行っている。
なぜガムを大量に買うかというと、煙草を止めたからである。18歳より58歳まで喫んだが、1箱410円くらいになる前、1日3箱の喫煙を止めた。
代わりにキシリトール・ガムをしきりに噛むが、健康、金銭、ともに煙草よりはずっと良い。右の写真は、ボトルを積み上げたところである。
角川書店「増補 現代俳句大系」第9巻(1981年・刊)より、7番目の句集、阿波野青畝「春の鳶」を読みおえる。
先の11月22日の記事(←リンクしてある)、水原秋桜子「残鐘」に継ぐ。
原著は、1952年、書林新甲鳥・刊。1946年~1951年の312句を、作年順に収める。
阿波野青畝(あわの・せいほ、1899年~1992年)の第3句集である。「戦時中の句は散逸してしまった」としていたそうだが、そのような言が通る現代ではない。
敗戦の痛手から立ち直る時、寺門への親密さをきっかけとしているようだ。ただし信仰のない僕には、ポイントにならない。
以下に5句を引く。
早春の鳶を放ちて宝寺
安居尼大きな寺を委されし
螢にもある物語旅に聞く
宝冠のごとくに枯るる芒かな
咳く人に電光ニュース走りをり
総合歌誌「歌壇」(本阿弥書店)2014年12月号を読みおえる。
ただし短歌の通常掲載作品は全部読んだが、批評等の散文で読まなかったものがある。
特集の「今年一番印象に残った一首、一冊」は、もどかしかった。1首では(おそらく連作の)意趣がわかりにくいし、歌集より2、3首の引用では、歌集の傾向がわからない。(このブログの歌集紹介記事のように、数首は挙げねば、と書くと不遜だが)。
ただし角川「短歌年鑑」は、膨大すぎて読む気になれない。
巻頭20首4氏では、来嶋靖生「山頂秋雨」の落着きに惹かれたのは、僕の老いだろうか。
小島ゆかり「馬上」50首には、圧倒される。彼女の純粋さとひた向きさが、いつまでも歌に新しさを生ませている。
結社歌誌「コスモス」2014年12月号の「あすなろ集」(既読の特選欄を除く)を読みおえる。
その前の「その一集」読了は、今月6日の記事で報告した。
最近は歌誌を、心理的にはゆったりと読んでいる。たとえば、わからない単語は、電子辞書で調べている。カタカナ語でまれに、広辞苑にもカタカナ語辞典にも載っていない語がある。流行の新語などに、僕が弱いのだろう。
僕が付箋を貼ったのは、次の1首。埼玉県のY・真奈美さんの4首より。
不思議だね君の愛する故郷の開聞岳が我もなつかし
愛する人と、心が1つになっている、幸せな生活から生まれた1首だろう。
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