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2014年11月の29件の記事

2014年11月20日 (木)

詩誌「間隙」第38号

Cimg8117 先日、同人詩誌「群青」のメンバー3人が喫茶店に集まった時、AUさんからA・盛勝さん(沖縄県・在住)が編集する詩誌「間隙」第38号を頂いた。

 同誌の第36号・第37号は、今年6月5日付けの記事(←リンクしてある)で紹介した。

 AUさんの詩「ノック」は、反・現実主義というより、反現実・主義(nowhere story)の作品として面白い。

 またエッセイ「原子力発電所のある街」は、焦点の少しのブレはあるが、可愛がってくれた叔母夫婦を描いて、彼女の心が解放されていくようだ。

 冒頭3編の詩がいずれも、折り返し2ページになっているので、目次欄を工夫して、見開き2ページずつに掲載できなかったか。

 また全42ページの内、A・盛勝さんの旧作の詩とエッセイが29ページにわたって再録されていて、表紙の写真も彼とその友人で、どういう筋道を経てこうなったのか。紙誌や本の編集者は、裏方に徹するべきではないか。

 もちろん、同じく同人3名の詩誌を編集する者として、詩人・AUさんの作品を取り合う者として、ライバル心から苦言を呈するのである。

2014年11月19日 (水)

歌誌2冊

Cimg8113  1昨日の11月17日(月曜日)に、結社歌誌「コスモス」2014年12月号が届いた。11月15日(土曜日)に発送して下さったのだろう。編集部・事務室の方々のご奮闘に感謝する。

 僕の歌は、10首出詠の内、幸いなことに5首選(特選)だった。内容は、もう1つのブログ「新サスケと短歌と詩」の昨日の記事(←リンクしてある)、「『コスモス』12月号の僕の歌」にアップしてあるので、宜しくどうぞ。

 また同じ日に、楽天ブックスより、総合歌誌「歌壇」同月号が届いた。

 いつもはAmazonで買うのだが、今回はポイント(期限付きを含む)が少しあったので、それを使って。

 特集「今年一番印象に残った一首、一冊」(18名が各1ページ)、大松達知さんの年間時評「だれのための短歌なのか」(6ページ)と、早くも1年回顧的、年末ムードである。

 小島ゆかりさんの「作品五十首 馬上」も読むのが楽しみである。

2014年11月18日 (火)

エッセイ3編

 Google play ブックスより青空文庫発で、タブレットにダウンロードし、3名3編のエッセイを読みおえた。

 この11月12日付け記事で、中原中也「在りし日の歌」を紹介して以来の、タブレットにダウンロードしての読書である。

 作家・岡本かの子(1889年~1939年)の「秋雨の追憶」は、松茸狩り(当時は素人にも松茸を見つけられたようだ)の話など、4章より成るエッセイである。かの子がスターだったから、さりげない事をを書いても読まれたのだろう、と推察する。

 詩人・尾形亀之助(1900年~1942年)の「跡」は、妻に去られ、5歳の娘と、定職もなく詩作も年2、3編で、親の仕送りで生活した昨年を振り返った1編である。

 彼は生涯、働かなかった詩人、として有名である。思潮社より、全集が出版された。

 ひるきたけやす「ゆっくりはしれば そらもとべる」は、人生論風の短章を集めた本である。「何のために生きるか」「効率化の果て」など。

 タブレットには30冊くらいの、無料の本(著作権切れ、新本の立ち読み章など)が入っている。ダウンロードする時、内容は確認できないので、作者名と作品名で選ぶ。

 今回の3編も、エッセイとも判らず入手して、短いものだから読みおえた。

Photoフリー素材サイト「足成」より、葱の1枚。

2014年11月17日 (月)

支部忘年歌会

 昨日の午前11時より、某ホテルの1室で、「コスモス短歌会」F支部の忘年歌会が持たれた。部屋のテーブル下は掘り炬燵式で、足を伸ばせ、下床は暖房されていた。また座椅子に凭れる事も出来た。

 今日は歌会を早く済ませるため、会員の批評はなく、U支部長が事前提出・各人1首・計10首を、添削例プリントと共に、講評して行った。

 僕の1首も的確に直された。少し味気ない気がするけど(←元歌の発想が悪い!)。

 12時より、支部全員10名の忘年会となった。事務局にとてもお世話になった。

 ビール、日本酒、ノンアルコール・ビール、ウーロン茶と共に、上品な料理と、懇談を楽しんだ。

 午後3時頃、支部長の励ましの言葉で、会をしめくくった。

Imgp0758僕のミスで写真を撮らなかったので、(お詫びのしるしに)、冬の日本海の味覚、セイコ蟹2ハイ(雄のズワイ蟹は高価で、お目にもかかれない)の写真をアップする。

2014年11月15日 (土)

11月号「その二集」読了

 短歌結社誌「コスモス」2014年11月号より、「その二集」通常欄(既読の特選欄を除く)を読みおえる。

 その前の「あすなろ集」読了は、この11月8日付けの記事(←リンクしてある)で報告している。これで今号の通常立ての短歌は、すべて読みおえたことになる。

 全5クラスの内、真ん中の「その一集」(僕が在籍)が1番会員数が多く、入門欄に向かって「あすなろ集」「その二集」と次第に会員数が少なくなる。結社「コスモス短歌会」の将来は、明るくない。

 ただし宮師の出身地・新潟県は別としても、福岡県などには会員が多い。支部の活動によっては、挽回の余地があるという事か。

 僕が付箋を貼ったのは、次の1首。和歌山県のS・輝子さんの3首より。

値上りのこの春寒よ七人の夕餉を作る老いの歎きよ

 4月1日の消費税増税を含めての値上がりを指しており、いまどき珍しい7人家族の台所を預かって、心にも寒い風が吹くのだろう。

Photoフリー素材サイト「足成」よりの蕪の1枚を、トリミングして。

2014年11月14日 (金)

ハイドン「ピアノ三重奏曲」(4)

Cimg8111 BRILLIANT CLASSICS版(廉価版)「ハイドン作品集」(音楽CD150枚+解説CD1枚(外国語))より、105枚め、「ピアノ三重奏曲」の4枚め、5曲を聴く。

 前回の紹介は先の10月2日の記事(←リンクしてある)で、97枚め、弦楽四重奏曲の内の1枚だった。

 ハイドン(1732年~1809年)は、モーツァルト、ベートーヴェンらと共に、ウィーン古典派の作曲家とされる。

 ハイドンの曲は概ね穏やかである。

 バロック音楽の荘重さは良いが、荒々しい曲、トリッキーな曲は苦手とする。

 このピアノ三重奏曲(ピアノ、バイオリン、チェロによる)は、ことに穏やかで、心穏やかなひとときを過ごした。

2014年11月13日 (木)

山茶花、ミニ薔薇と銀杏

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Imgp0751


 庭で、山茶花が咲いている。3日前に、写真を撮った。

 左上は、赤花の普通種だけれど、大木になっている。

 その右は、白八重花の種類である。1時、樹勢が衰えたけれど、回復してきて、多くの花を咲かせる。

 左下は、2週間くらい前に撮った、ミニ薔薇の花である。まだ莟が3つくらい残っているけれど、キッチンのガスレンジに近いとはいえ、咲くかどうか判らない。

 先の10月24日に、2輪の花を紹介して以来である。

 右下は、庭で拾って調製した、銀杏である。これは1部で、まだ拾っただけの1袋も加え、ざっと見積もってこの7倍~8倍はあった。

 ほとんどを、両隣り、本家、友人に進呈した。

2014年11月12日 (水)

中原中也「在りし日の歌」

 Google Play ブックスより青空文庫発で、中原中也詩集「在りし日の歌」をタブレットにダウンロードし、読みおえた。

 没した翌年に、仲間らの尽力で出版された。

 同じようにダウンロードして読んだ、生前発行の「山羊の歌」については、先の10月21日付け記事(←リンクしてある)で紹介した。

 「在りし日の歌」にも、口語調5音句7音句が多く、その歌謡性は愛誦される元であり、都会生活者の心情を詩作しながら、継ぐ者のなかった元だろう。

 中原中也(1907年~1937年)は、1925年に山口県より、恋人と共に上京するが、恋人を奪われてしまう。学校を卒業して結婚したが、幼い長男を亡くし、自身も結核で30歳で亡くなった。

 彼は時代の不安を、詩で表現すると共に、自身の人生で体現した所に、彼の栄光と悲惨があると、僕は考える。

Dlダウンロード・フォト集より、紅葉の1枚。

2014年11月11日 (火)

写真集「装飾古墳」

Cimg8106 全10巻の写真集「日本の原始美術」より、しまいの第10巻「装飾古墳」を見おえる。

 講談社、1979年・刊。

 同・第9巻「装身具」は、先の10月27日の記事(←リンクしてある)で紹介している。

 この巻は、カラー写真62枚、解説34ページ。

 古墳の石室や、横穴などに描かれた図を取り上げている。

 当時に壁画が未発見のキトラ古墳(1983年・発見)は当然、また1972年に壁画が発見された高松塚古墳も理由を挙げて、取り上げていない。

 僕は神も霊も信じないが、葬窟に長く立ち会う気持ちはなく、早々にこの本より退却した。

 これでこの10巻を見おえたので、また新しい写真集シリーズを紹介したい。

 

2014年11月10日 (月)

萩原朔太郎・書簡(5)

 筑摩書房「萩原朔太郎全集」第13巻(書簡集、1977年・刊)より、5回めの紹介をする。

 4回めの紹介の記事(←リンクしてある)は、先月10月22日付けである。

 今回の紹介は、212番(大正6年)~317番(大正15年・末)の、106通である。

 室生犀星との篤い交流があり、結婚があり、詩集「青猫」アフォリズム集「新しき欲情」の出版があった。

 福田正夫宛て291番では「谷崎潤一郎氏とよく逢っています」と書かれ、また若き日の中西悟堂(「日本野鳥の会」創立者)や富士川英郎(ドイツ文学者、リルケの作品等を翻訳)に宛てた書簡など、(僕には)意外な事が知られる。

 次は昭和に入ってよりの書簡である。

Photoフリー素材サイト「足成」より、木通(アケビ)の1枚。

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