冬の間、内玄関に取入れていた(積雪地帯なので)鉢物を、3月18日に軒下へ並べた。腐ったスノコ(鉢物の下に敷き、コンクリートの熱を少しだけでも避ける)の補充は、冬の間にしておいた。
4月15日に、万両と椿2鉢を植え替えた。木に比べて、鉢が小さ過ぎると思われたので。
そして今日午後、時期はやや遅いのだが、アマリリス3鉢を5鉢へ、冬に咲いたヒヤシンスも、植え替えた。それぞれ株ごとに、これまでより大きい鉢へ。
アマリリスは、去年に1つも咲かなかったので、根詰まりが原因かと思われたから。
培養土を買い、鉢は空のものに当てをしてあった。
今日に植え替えた株の鉢は、写真では奥の方に、日差しが強く当たらないように置いてある。
また写真には写っていないが、1昨年かに、粉ジラミが付いた実ザクロの鉢を、やむなく柊の根元に置いていたが、生き延び、虫も消えたようなので、軒下へ戻し、肥料と水を遣っておいた。人間の(?僕の)勝手さ加減である。
昔は鉢物が50鉢くらいあったが、人に分けたり、枯らしたりして、20鉢くらいになってしまった。
今月1日の記事(←リンクしてある)に続き、年刊句集「福井県」第53集(2015年3月、福井県俳句作家協会・刊)の、残りの句を読みおえる。
125ページ~207ページ、2段組み、165名の各10句、計1、650句である。
参加者が413名というのは、「福井短歌」第7号(2015年3月、福井県短歌人連盟・刊)の117名、「詩集ふくい2014」(2014年10月、福井県詩人懇話会・刊)の69名に比べて、格段に多い。
小説(純文学)も村上春樹以外は勢いがないようだし、現在の日本の文学をリードしているのは、俳句かもしれない。僕は、戦後詩(「荒地」など)が、日本文学をリードしている、という時代の勢いを受けた者だが。
俳句は短く、類句を避け、新しい修辞を求め、綺羅を競う面があるようだ。負け惜しみだが、「巧言令色すくなし仁」という言葉を思い浮かべる。
1句のみ引用する。
夏野菜うさぎのように噛んでみる
H・美恵子さんの「喜寿」10句より。
フリー素材サイト「Pixabay」より、アイリスの1枚。
僕の2つのブログ、この「サスケの本棚」と、アメブロ「新サスケと短歌と詩」は、読者に読んでもらうために書いている。
しかし僕自身にも、発表意欲を満たすだけでなく、メリットがある。
それは僕の読書歴、自作の詩と短歌の、データベースとしての利用である。
先の5月3日の記事、江國香織「ホテル カクタス」で、彼女の小説の既読は10冊、と明言できたのは、管理画面の検索欄に「江國香織」と入力して、調べた結果からである。
パソコンの得意の1つに、検索があるので、すぐに結果が出る。
カテゴリ検索では、「サスケの本棚」で「読んだ本」が1,356件あるので、とても調べられない。
ミテログの検索機能が、ブログ管理画面にしかなく、表示されるブログにないのは残念である。
その点、アメブロにはそのものに検索欄がある。「新サスケと短歌と詩」では、詩では小学5年生時に初めて作った作品から現在に至るすべて(ごく1部を除く)、短歌では誌上(「地楡(われもこう)」、「コスモス」、「棧橋」)に発表したすべて、また最近では誌上に載らない作品も、アップしている。
まるで全詩歌集である。
先日も、紙飛行機を詠んだ自作があったな、と検索すると「コスモス」2012年1月号に載った、「作りかた子に教へずに終らむよ紙飛行機や竹鉄砲の」が表示された。自分でもお気に入りの作品である。
カテゴリ(科目、項目)のフォルダで何段にもファイルを分類するのも良いが、検索で簡単に捜し当てる方が、楽なようだ。
読者が関心あるカテゴリを、徹底して読んでくださるなら、それはありがたい事である。
フリー素材サイト「Pixabay」より、スミレの1枚。
庭の隅で、ハマナスが咲き始めた。
左は1輪の接写。右は大株に、10輪くらい咲いているところ。
もう20年も前か、妻が知り合いより苗を貰って、植えつけた。
妻が知り合いより株を分けて貰って、庭隅に植え付け、大株になった。
その小さな5株を、去年の秋に僕がガレージ脇に分け植え、根付いて冬を越し、花咲いた1株。
自分の影が写って、写真としては失敗の部。
沖積舎「上村占魚全句集」(1991年・刊)より、第5句集「萩山」を読みおえる。
先の4月16日の記事(←リンクしてある)、第4句集「一火」に継ぐ。
原著は、1967年、笛発行所・刊。1961年~1965年の705句。
旅の句が多いが、作句かたがた、地方の俳誌(1949年、29歳で創刊・主宰した「みそさざい」と、その類縁の俳誌)の句会の評者として、費用の1部を得ていたと思われる。
また途中の1964年に父(82歳)が亡くなり、その12日後に次男(15歳)を交通事故で亡くした。
上村占魚(1920年~1996年)は、14歳で母を亡くし、長男は生れてしばらくで亡くなっている。
家族的な悲運を克服すべく、どのような句が現れるか(生来の楽天家と称しているものの)、期待される。
以下に5句を引く。
猫の恋やうやくをはり月まどか
庭うちに湧く水ありて蛍来る
著莪咲いて日ざしまぶしくなりにけり
形なき子を連れあそぶ秋の山
吾妹子よ寄りそへ鶴の鳴くからに
注・引用の1部に、旧漢字を新漢字に替えた所があります。
フリー素材サイト「Pixabay」より、スミレの1枚。
江國香織のファンタジックな小説、「ホテル カクタス」を読みおえる。
集英社文庫、2004年・刊。
検索(管理画面で)に拠ると、僕はこれ以前に彼女の本を、10冊(すべて文庫本の筈)読んでいる。
ただし最近は読んでいなくて、直近で2013年11月24日の記事(←リンクしてある)で紹介した小説「がらくた」である。
「ホテル カクタス」の主人公は、「帽子」と「きゅうり」と「数字の2」である。別にあだなではなく、そのままの振る舞いなので、また「です・ます」調の語りで、ファンタジックと呼ぶ。
これは地方から都会に出て来た、3人の青年の出会いと友情と別れの物語と、受け取れる。
しかし振り返られた物語の常として、「ホテル カクタス」が実はアパートであるように、デフォルメされ、あるいはフィルターをかけられている。
それでも実に懐かしい物語である。
今年3月27日の記事(←リンクしてある)で紹介した、年刊句集「福井県」第53集(表紙の色は、薄い小豆色で、今回が事実に近い)の、1回めの感想をアップしたい。
俳句欄207ページ(2段、413名)より、124ページ、248名の各10句を読んだ事になる。おおまか所属ごとにまとめられている。
俳句は短歌より更に短く、表現に緊張を強いられるようだ。僕の歌作りにとても刺激になる。
各句、各会派への感想は、ここでは述べない。
ただ国内の俳句の3会派「現代俳句協会」「伝統俳句協会」「俳人協会」が、俳句の普及と発展のため、一致してまとまっている。
俳句は国際化が進み、外国人の俳人も多い。また句界全体の隆盛もある。国内で争っていられる立場ではないのだろう。
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